負けるわけにゃいきまっせんばい! 101
<生兵法は大怪我の基>
だいぶん昔の新聞記事ですけど、ある大学空手部の学生が、新宿の歌舞伎町でヤクザに喧嘩を売るだか買うだかしたんですね。少しばかり腕に自信があったからか、酒を飲んだ勢いでだかで、いきがったのでしょうが、殴られて一旦逃げたヤクザは、日本刀を持って現場に舞い戻り、その学生に斬りつけて斬殺に及んだ。ピストルだってなんだってある世の中ですよ――、宇宙船に乗って、遠い彼方の惑星まで行こうという時代なんですから。徒手空拳だなんていきがっている場合じゃないのです。可哀想ではありますが、くだらない死に方ですよね。それまで育ててきた親は嘆きますよ。若気の至りと言うか、私もあまり大きなことは言えませんけど。 私が若いときにこんなことがありました。年令は二十六歳、空手道場の師範代理を務めていた、現役四段ばりばりの時です。所属していた劇団文化座の新年会がありまして、その日がちょうど一月四日で私の誕生日。今はもう故人となられましたが、劇団の後援会長をやっておられた、映画監督の内田吐夢先生も見えていて、空手の型を是非ご覧になりたいとのこと、私は皆におだてられて、型の披露に及び、やんやの喝采。ちょっと誇張しすぎですかな。ま、いいか。こいつは春から縁起がいいやってんで、したたかに酒を飲みまして、結句、お定まりの二次会に繰り出そうということになり、山手線駒込駅(文化座の稽古場が北区の田端町にあったものですから)の近くまで皆でやって来ますと、野卑な声が飛び交って人だかりが出来ているんです。どうしたんだろうと近寄ってみましたら、先発した劇団の仲間が、チンピラに因縁をつけられているじゃありませんか。これは放ってはおけないというんで、「正月早々何やってんだッ!」って左右に分けて入ったとたん、正面から鼻っ面にガーンですよ。相手は複数だったんです。目の前にチカチカッて星が飛び散って、クラクラッときましたね。顔に手を持っていきましたらヌルリと血だらけ!酒を飲んでいるものですから出血もひどい。相手の指輪で鼻柱が切れたんです。 ちょっとばかり腕に覚えありで自信があったのと、それにかなり酔っていたものですから、迂闊だったんですね。刃物でなくて助かりましたよ。もう怒り心頭に発しまして、己のコートは引っ剥ぎ、上着は脱ぎ捨てる、ネクタイはひっぱずす。それを劇団の女の子が慌てて拾い集めてるいるという、珍奇な光景。ガオーッと得体の知れない奇声を上げて、まるで空手映画!瞬く間に七、八人を駅のガード下に叩きのめしちゃった。劇団の連中に言わせると、映画を観るより面白かったそうですが、冗談じゃありませんよ本当に。こっちはひとの喧嘩の仲裁に入り、最初に喰らった顔面一発で鼻血を出した上に、両目から鼻にかけて、青むくれに腫れ上がっているというのに。一体誰のためにこんなことになったんですか……。 その後日譚があるんです。その夜のことが、劇団の主宰者であり演出家である佐々木隆さんの耳に入り、稽古場にいた私のところへ娘の佐々木愛ちゃんがやって来て、お父さんがちょっとと言うんです。こいつはまずいなあ、えらく叱られそう――、と思いながらとぼけたふりをして書斎に伺いましたら、何のことはない、「石橋君、幸寿司のおやじさんから武勇伝を聞いたよ」って。事件はどうやらこの店の中が発端だったらしいんですが、自分が大立ち回りをして戦果を挙げたみたいに、上機嫌。男ってガキみたいで、たわいの無いところがあるものなんです。おまけに「最近、劇団の連中も軟弱になってるから、護身術として空手を教えてやってくれないか」ってなことになっちゃいまして(当の佐々木さんは、後で幹部女優たちに、あなたはまるで若い者に、喧嘩を奨励しているようなものじゃないですかって、散々やり込められたようですが)、早速、劇団の稽古場にみんなを集めて、俄仕込みですよ。 ところがです、始めた次の日、一人の劇団員が片目をパンダちゃんにして(青あざを作って)やって来たんです。いかにも恥ずかしそうにしている彼に、「一体どうしたのよ?」と聞きましたら。稽古を始めた初日の夜、何人かで、新宿西口の〝思いで横丁〟へ飲みに行ったんだそうです。飲むほどに酔うほどに気が大きくなって、昼間、少しばかり護身術の基本を習ったことで、すっかり強くなったような錯覚を起こしたらしいんですね。そこへもって来て、周りがうるさいものですから、いきなり「うるせえぞッ! 馬鹿野郎! 静かにしろッ!」ってやっちゃった。悪いことに向こうは地回り、つまりその辺を縄張りに徘徊するヤー様で「なんだとッ! この野郎表へ出ろッ!」ボカーンで終わりですよ。「生兵法は大怪我の基」ってやつですね。一回や二回習ったからといって、事に当たってすぐに使えるわけがないのです。 しかしこれが講演ですと、ま、折角ご来場くださったついでですから、ポイントだけちょっとお教えしておきましょうかということで、お調子者の私のことですから、得意になって実演になるところですけど。 ともあれ、ちょっと長くなりましたが、無事の哲学と言いますか、私が修行してきた、剛柔流の流祖宮城長順先生(1888~1953)の遺訓に「人に打たれず人打たず、事なきをもととするなり」という言葉があります。武道を修める者の人生哲学として、深く肝に銘ずるべきかなと思っております。
by masashi-ishibashi
| 2008-09-26 14:20
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