負けるわけにゃいきまっせんばい! 58
ともあれ、この一連の舞台で、やっと商業演劇の幕の内にもいくらか馴染んできて、その難しさも面白さも、よい面もいやらしい面も、俳優として、また人間としてのしたたかな生き様を、垣間見たような気がしました。その稽古から千秋楽までの約一ヶ月半から二ヶ月ほどの間に、商業演劇の芝居創り、幕の内の人間関係、プロセニアムを挟んでの、舞台とお客様との交流。新劇時代に培った芝居の創り方にかてて加えて、少しばかり成長したような気がします。
最近はお芝居のチケットも結構高いですよね。 「お客さんって、あんな高い観劇料を払って、わざわざ劇場までよく来るよね?」「そりゃあ、是非観てみたいなあって芝居があれば、少しぐらい散財しても来るでしょうよ」「そうかね?」「馬鹿だなあ、たまには芝居でも観て楽しみたいとか、何かあるでしょうが――」 そうなんですねぇ、楽しむとか、感動するとか、お客さんは意識するしないに関わらず、お芝居の中にカタルシス(感情を解放して快感を発生させる、精神の浄化作用)を求めているんです。これがお芝居の原点なのです。芸術性の高いものや、啓蒙的なものの中に、ひとつの意義を求めることも勿論結構なことですけど、まさにかてて加えてエンターテインメントであります。楽しませる、感動させる。この中に一本筋の通ったテーマーが流れていたら、こんなにいいことはないじゃありませんか。 お客さんは、交通費をかけ、高い観劇料を払って劇場に入り、芝居を観て幕間で食事をし、帰りには、そこらの喫茶店あたりでコーヒーでも飲みながら、ちょっとばかりおしゃべりなどして帰りたい。お酒の好きな人なら、一杯飲み屋で軽くパイイチやりながらというところですか。さしずめ私などはその口ですけど。 ともあれ、お芝居をひとつ観るということは、娯楽費としてもかなりの出費になるわけでして、お客さんに、今日の散財は少しも損じゃなかった、と思っていただくためには、それだけのものを還元して差し上げなければなりません。それには、観劇料を払って劇場に行かなければ観ることの出来ない、高度な技術(演技力。勿論、舞台を構成する各パートの総合的なクオリティーも当然ですけど)を十分身ににつけて、皆さんを楽しませてあげられる、感動させてあげることの出来る俳優でなければと、自覚することですよね。言い換えれば、お金がいただける俳優になること、それが本当のプロというものでしょう。誰でもが出来ることをやっていたのでは、プロとはいえません。誰にでもは出来ないことが出来るから報酬がいただけるんで、まさにプロであります。
by masashi-ishibashi
| 2008-07-22 13:11
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