負けるわけにゃいきまっせんばい! 39
文学座
<三十二歳の研究生> 目的をはっきり方向付けて生きることが、精神衛生上も、またあらゆる意味で一番大切なことだし、それこそが最良の薬なんだと意を決して、長年、文化座の経営宣伝に貢献し劇団を支え、その頃、文学座に移籍して劇団経営に手腕を発揮していた、元文化座仲間の阿部義弘氏を通じて、文学座の戌井市郎先生にご相談したんです。 何故、文学座を選んだかというと。今まで八年間もいた文化座は、歴史のある老舗の劇団ではありますが、少々政治色が強かったことと、個性の強い演出家(もちろんいい演出家ではあります)が一人だけで演出をしていたために、芝居創りとか演技システムに、かなり偏りが出てきているのじゃないか、と思いはじめていたものですから、個人商店のようなワンマン劇団ではなく、新劇では一番古い歴史を持ち(昭和十二年<1937>創立)、それぞれに大人の考え方を持っている創造集団、演出部も文芸部も演技部もしっかりしていて、中道思考といいますか、芸術至上主義の芝居創りを標榜しているこの劇団で、芝居を見つめなおすのが一番だと判断したからなのですが、どうしてどうして、何時ものことながら何事も、すんなりと自分の思うようには運びません。 その頃文学座は、パンか芸術かで二度の分裂を起こし(勿論、そんな単純な問題だけでもないでしょうが)、脱退した人たちが劇団雲とNLTに分かれ、それに欅が出来、その後、雲がまた分裂して、昴や円などの演劇集団を作った頃で、劇団内の神経もぴりぴりしている時でして、いろいろ問題もあるから、しばらく、文学座の付属演劇研究所の連中と一緒に、アトリエで勉強をしてみたらということになり、昭和四十年(1965)四月、付属演劇研究所五期の、これから演劇を目指す若者たちと一緒に、イロハのイの字からやり直してみることにしたのです。時に三十二歳。もういつの間にかいいオッチャンですよ。 周りの人から見れば、大劇団でこそないけど、文学座の次に古い、ちゃんとした老舗の劇団にいて、マスコミの方もそこそこにやっていた俳優が、何でまたいまさらと思うでしょう。でも私としては、芝居というもの、また劇団のありようを、別の角度から、何としても確かめずにはいられなかったんです。 高校や大学を出て、そのままストレートに入所してきた人たちにしてみれば、自分たちより十歳以上も年上の私を見て、変わった人間がいるもんだなあと思ったでしょうね。 このとき、研究所に来ていた、異質というか変り種は、私のほかに、歌手から作曲家に転向した平尾昌晃、歌手だった藤木孝などで、平尾昌晃氏はその後作曲家で随分売れましたね。藤木孝氏も俳優で頑張っています。 研究所での教科内容は、大学の演劇学科で受講したことや、太陽座、文化座の研究所でやってきたことと大差はありません。演劇史、声楽、言葉の発声訓練、詩の朗読、お芝居のための体を解放する体操、バレエ、エチュウド、芝居の稽古、発表などなど。しかし内容は同じでも、指導する方々の感性の違いで随分と表現の方法も違ってきます。ですから今考えてみても、この昭和四十年という一年間は、いろんな事を、私の俳優人生にプラスしてくれたと思っています。
by masashi-ishibashi
| 2008-06-23 16:24
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