負けるわけにゃいきまっせんばい! 20
<男女共学→演劇部>
女子高との合併により文化部の活動も盛んになりまして、共学も少し落ち着いてきたある日。演劇部に足を突っ込んでいた友人がやって来て、芝居をやるのに男が足りないからちょっと手伝えって言うんです。そんなことを言われても、こっちは目下のところ強くなりたい一心から、柔道部で汗を流してる最中ですからね。それに人前で何かを演るなんて恥ずかしいじゃありませんか。小学校の学芸会だってなにも演らせてもらえなかったんですから。たまに出させてもらえる時があっても居並びの中の一人ですよ。ただ馬鹿みたいに居るだけ。さもなければ持ち役、つまり木の枝とか、丸く切ったボール紙を持って、お月様とか。しかし待てよって考えたんです。何せ私だって、生意気にも一丁前にそろそろ色気づいていましたから、女性がいる部も悪くないなあなんて、不純な妄想に背負い投げを食わされたうえに袈裟固め。思わず「やる、やるッ」と言ったのが運の尽きではまっちゃった。 とうとうこの年まで、奥方泣かせの俳優を生業とする羽目になったのですが、良かったような悪かったようなで。奥方に言わせれば、「あんたは好きなことをやって食べてるんだから、何のかのって、贅沢言うんじゃないわよ」と叱られますけど。ともあれ節操もなく、柔道部と演劇部に籍を置くといった、二足の草鞋を履く仕儀に相成り、初めてお目にかかったのが戯曲なるもの。木下順二の民話劇「彦市ばなし」「夕鶴」「三年寝太郎」。ジョン・ミリトン・シング(アイルランドの劇作家)の「海へ騎りゆく人々」など。悲劇喜劇こもごも、人間の生きるということが自分の境遇とも相俟って、シングの「海へ騎りゆく人々」では、海に生きる漁師の老母と息子が、海という大自然の容赦のない過酷な試練に耐え、立ち向かっていく姿にえらく感動してしまいまして、その息子バートレイを、学校の文化祭で演じることになったのです。 稽古の傍ら、皆で力をあわせて大道具を作り小道具を作り、それぞれの家から古着を集めて舞台衣装を作る。そして発表。 この芝居の評判がなかなか良く。一回だけの発表ではもったいないなどという周りの話から、ある人の肝煎りで、他に会場を借りて、よその人たちにも観て頂く事になり、すっかり気をよくしていい気なものだったと思います。創造の喜びって言えば格好良いですけど。 <移動演劇を観る> その頃。東京の池袋にある舞台芸術学院の方たちが、移動演劇で回ってこられ、傳習館の講堂で、ロシヤの劇作家チェーホフの、「結婚の申し込み」という人間喜劇を観せて下さったんです。誰しもが自分の奥底に持っている、ばかばかしい人間の滑稽さですね。それでますます芝居って良いもんだなあと思ってしまったんです。 人間の出会いって分からないものです。もしあの時、あいつが手伝えよって言いに来ていなければ、芝居との出会いも、現在の周りの人たち、言わせてもらえれば今の女房(今のって――、残念ながら、今も昔もこれっきり変わっていませんけど)とも知り合っていなかっただろうし、そうすればうちのドラ息子もこの世にいなかったでしょうしね。そのドラ息子もなぜか蛙の子は蛙で、現在は文学座で役者をやっていますが。 そんなことはどうでもいいですけど、国語の成績が急に上昇しましたよ。いや、これもどうでもいいか。 しかし、問題は父でして、演劇部に出入りする私に気がつき烈火のごとく怒りましてね。「お前は河原乞食になるつもりかッ!」って。何せ明治生まれで考え方が古いですから。いやあ参りました。 随分と苦労して、私を育ててくれた父ですから。その父も亡くなる少し前、自分の死期が近づいているのをなんとなく感じていたのでしょうか、ある日、病床で私に「お前の好きなように生きてみるのもいいだろう、役者になりたければ、踏ん張ってやってみろ」って言ったんです。その時はまだ、そんなこと本気になって考えていたわけではありませんし、また病気に関しての知識不足で、父親があんなにあっけなく死ぬとは思ってもいませんでしたから、「ああ、分かったよ」なんて、とりあえずはいい加減な返事をしていたんですけど、結局は俳優という仕事を選んじゃったんですね。
by masashi-ishibashi
| 2008-05-05 18:29
|
カテゴリ
以前の記事
2018年 12月
2018年 10月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 07月 2017年 04月 2017年 02月 2017年 01月 2014年 01月 2013年 08月 2013年 06月 2013年 04月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 06月 2011年 01月 2010年 09月 2010年 08月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 11月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月
お気に入りブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||