負けるわけにゃいきまっせんばい! 15
これは蛇足ですけど、私、修学旅行って一度も行ったことがないんです。みなさん修学旅行と言えば、ほとんどの方がそれぞれに何らかの想い出をお持ちでしょう? 私は小学校は戦時中だったし、中学校は引き揚げてきてすぐの貧乏暮らし、高等学校は父親が死んで、どうやって生きていったらよいかという時でしたから――。
しかしまあ、それほどみじめだとも思いませんでしたけどね。友人たちが新しい靴などを買い揃えたりして、嬉々として出かけて行く姿を見れば、少しは淋しい思いというか、羨ましいなあとは思いましたが、我が家はもう、そんな甘ったれたことを言っている状況ではなかったのです。 高等学校をなんとか卒業しまして、何か仕事をしなきゃいかんと思ってはいましたが、戦後の田舎のことですからおいそれと就職先などなかなかあろうはずがありません。近くの製材所へ行き、みかん箱を一個作っていくらという味気ない仕事を余儀なくやっていたんですが、大学に進学した友達の噂を聞くたびに、なんだか自分だけが取り残されたような気がしましてね――。 <東京へ> たまたまそんな時、東京で絵描きを生業としていた伯父(母の兄で日展の会員だった人ですが、もちろん今は故人です)から手紙がきました。東京へ出て来いというんです。田舎にいても仕事は無いだろうし、今なら東京の新橋にあるR貿易商社という会社でアルバイトを募集している、そこに紹介するから働きながら夜学にでも通えと言う文面だったんです。そりゃ飛びつきましたね。目の前がパッと明るく開けたような。 だけどこれ――、上京するにしても、現実問題として汽車賃(この頃は博多から東京まで約二十四時間かかって走る、石炭が燃料の蒸気機関車SLでした。東京に着く頃は、目の周りから耳の中まで真っ黒)も無ければ当座の生活費も無いわけでしてね。いやあ途方にくれました。 しかしよくしたものですね、近所の精米所で働いていた男が「石橋さん、おれが手伝うけん闇米ばやらんね」って言うんです。一も二もありませんすぐに乗りましたよ。農家から良い籾米(これはこの男のような専門家でなければ分かりません)を出来るだけ安く買い入れて精米し、今度はできるだけ高く売りさばいてその鞘稼ぎをするわけです。 料亭などに持ち込んで買って貰うんですが、最初のうちは厨房の勝手口に入って売り買いの交渉をするのが恥ずかしくってですね――。しかしこれは驚くほどに儲かりました。 こんなことも、ちょっときざな言い方ですが、ひとつの光明を求めて、目的を達成するためにはなんとしてもこのトンネルをくぐり抜けなければならないという、抜き差しならない目的意識が強かったから出来たんでしょう。 しかし運命の女神はなかなかそう簡単には微笑んでくれません。
by masashi-ishibashi
| 2008-04-29 19:14
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