負けるわけにゃいきまっせんばい! 107
人間とは不完全なもの
<おっちょこちょいの間抜け> いろいろと書いてきましたが、ここらでちょいとバカバカしい話を開陳しましょう。 人間なんて所詮は不完全な生き物です。よほど特別な方を除けば人間に絶対と言うものはありません。いつも不完全、不確実なことばかり。常にパーフェクトでなければ嫌だ、でなければ充足できないなんて考えていたら、疲れきってしまいます。そんなことはまずありえないんですから。わたしたちのお芝居もそうですけど、後になって、ああすればよかった、こうすればよかったって――。だからこそ、この次こそはパーフェクトをとチャレンジして燃えるのです。それが人間なんです。 そこで、エピソードをひとつ書こうかと思いまして――。どうせ大したことを改まって書こうと考えているわけじゃありませんから、暇つぶしに読んでください。 私も慎重なようでいながら、大変おっちょこちょいで間抜けなところがありまして、舞台に出ても、よくとんでもないことをしでかします。楽屋でお喋りをしているうちに、それキッカケだってんで、慌てて舞台に飛び出していったら、時代劇だと言うのに、楽屋履きに使っていたビーチサンダルを履いたままだったとか――。すごく底の厚いやつを。いや、どうも足元がふわふわすると思ったんですよ。 三好十郎と言う劇作家がおられまして、もう随分前にお亡くなりになった方ですが。皆さんの中にもきっとご存知の方がいらっしゃると思います。この先生の戯曲に「炎の人」というのがあります。オランダの画家、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの生涯を描いたもので、昭和三十三年(1958)に私のいた劇団文化座が、文部省芸術祭団体奨励賞を受賞した作品です。この中にモーブという、ゴッホより年上で従兄にあたる画家が出てきます。再演のときにこの役を私が演ったんですが(初演の時は、画家のポール・シニャック)、この人の舞台での役割は、ある場面で、シーヌという娼婦と同棲して、貧苦の生活をしながら絵を描いているゴッホに、「そんな女とだらしない生活を何時までも送っていたら、いい画家にはなれないぞ」というようなことを意見しに来る、厳格でこちこちの人物なんです。こんな人だって、裏を覗けば、どんなものだか分かったもんじゃありませんけどね。 さて、ある日、私は例によって早々と出の準備を済ませて――。なんせ私は変にくそ真面目なところがあって、準備が早いんですから。それで上から羽織るマントを横に置き、出番がくるまでの間、これからやる舞台の上での、モーブという人物の役創りに没入していたんです。ハッと気がついたら、もう間もなく出番です。急いで舞台袖に上がり、何時ものように陰板(お芝居の進行中、途中から登場するために、舞台装置の裏で待っていること。最初から表舞台にいるのは、板つき)につくために、ドアのノブを回して、足を一歩踏み入れたら――? いやあ、驚きましたね。吃驚仰天。パッとライトが当たっていて、目の前にお客さんがいらっしゃるじゃありませんか。おまけにそのドアは客席から見れば、ゴッホとシーヌの寝室のドアだったんです。意見をしに来た人物が、二人の愛の巣から出てきたことになるんですからね。もう本当に心臓が止まって、目がくらみそうでしたよ。 どうしてそんなことになったかと言いますと、ちょうど旅公演中でして、毎日のように劇場の条件が変わります。何時もは普通の舞台でわりと奥行きもありますから、第二場の装置と第三場の装置を、前後に組んであったのです。いわゆる二重飾りと言うやつです(回り舞台が無い劇場でよくやります)。つまり第二場の芝居が終わって、その装置をバラすと後ろには、すでに第三場の舞台装置が出来あがっていると言うやり方ですね。ですからその場合、第二場の陰板につくには、第三場の装置のドアを開けてそこを抜け、第二場で登場するドアの後ろに行って、出を待っていなければならないのです。またこのドアのある場所が、何時も抜けて行く場所とよく似ていまして、その上、運の悪いことに、その日の会場は舞台の奥行きが浅かったために一杯飾り。第二場の装置だけしか飾っていなかったのです。それをうっかりしていて、キッカケまでに早くスタンバイしなきゃと焦っていたものですから。慌てて首を引っ込め、表の入り口から入り直しましたが、もう後の祭りですよ。お客さんは呆れ返っていたでしょうね。 まあしかし、付いていない時はどこまでも付いていないものでして、室内に入ってからがまたひと波乱。
by masashi-ishibashi
| 2008-10-03 13:41
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