石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 98

 <死という宿命>

 私をはじめ、およそこの世の中のほとんどの人が凡人ですが、その凡人である人間の、生への思いにはいろいろな形があるでしょう。またその終焉である死の形もさまざまです。自分の周りを見回してみただけでも、いろんな思いをさせられます。地球上に六十六億の人がいれば、六十六億の生と死の形があるわけで、その人の生まれた地域、環境、人種、境遇によっても千差万別。このテーマーについて掘り下げていったら、ちょっとやそっとでは語り尽くせません。
 そこで話は、いきなり身近なところへ舞い戻っちゃいます。うちの義母なんかは、八十四歳の時に脳塞栓でぶっ倒れて強度の半身不随になり、寝起きも歩行も何も出来なくなってしまった、あの悲惨でみじめな状態の中を、本当に精一杯生きていましたが、二年半辛抱して、八十六歳で亡くなりました――。
 生きている間はなんとしても、自力で身の回りのことが出来るようにと、あれほど健康に気を使っていろいろと努力し、つい前日まで、築地の魚河岸へ買い物に出かけるという元気な人でしたけど――。
 人間、思いもかけないときに死と直面した瞬間、晴天の霹靂とばかりに、平常心を失い取り乱すものです。義母なども気がついてみたら、突然自分の身体が麻痺してしまっていることに、ショックでパニックになり、死にたい死にたいの連発でして、何度も自殺を図ったんです。もっとも身体が麻痺していて、ほとんど動けないのですから、その形跡を残していただけで、すべて未遂に終わったわけですが、でも気持ちはよく分かるような気がします。人間なんてそれほど強いものではありません。頑張って努力すれば何とかなる、という光が少しでも見えればですが、一縷の望みもまったく断ち切られたとき、人はいっぺんに気力が萎えて、鬱にもなりますよね。
 時間が経ってある程度正常な精神状態に戻ったとき、今度は、このまま死んでしまいたいと思うのと、その反対に死と言う事象は、限りなく不安で怖いもののようです。ま、そうでない方もいらっしゃるでしょうから、義母のことを勝手に想像するのは、的を得ていないのかもしれませんが、私が大凡人だものですから、つい自分の尺度でものを言ってますけど。昔から、生者必滅とか盛者必衰と言います。仏教の教えで、命あるもの、ときめく者も必ず死滅するし、衰えると言うことですが、人間が死ぬということは宿命です。誰もその宿命から逃れることは出来ないのです。
 父は肺がんで六ヶ月病み苦しみ、五十一歳で他界。私、十七歳、まだ人生の何たるかもよく分からず、枯れ木のように痩せ細った亡がらを見て、ただ闇雲に悲しく涙が止まらなかった。母の時は心筋梗塞、それこそ信じられないような、呆気ない息のひきとり方で他界、七十歳。私、四十一歳、あんなに元気だったのに突然のことで、長い間、心配と迷惑をかけっぱなしだったのに、最後には何もしてあげることが出来ず、寂しさと悔悟の念でいっぱい。
 外を見回せば、テロ事件だ何だかだと、夥しい人が死んで行きます。年を重ねれば重ねるほど、生と死への思いは重みを増してくるものです。
 義母のことにしても、二年半もの間、その痛々しい姿を見ているのは、まことに辛いものがあります。また己の身に返ってみれば、遠からぬうちに自分も老いさらばえる、老いればいいことなどほとんど無いと思った方がいい。マイナス面の悪いことの方が多いでしょう。医学の発達や諸々の条件で、長寿社会になり、昨今、生、老、病、死、というテーマーがよく論じられていますが、人間、誰もが必ず正対しなければならないことなのです。しかし、ただ長く生きていればいいというものでもないでしょう。その人の生き様の問題ですよね。自分で自分の身体の始末が出来るか、またなにがしかの想像力が残っていればですが。もちろん、命の尊厳はあります。
 ですが認識や思考がまったく失われ、肉体的にも精神的にも苦痛だけしか残されていなかったり、植物人間のように、人工呼吸器で酸素を送ってガス交換し、チューブで栄養剤を注入して、生命を維持している状態などは、人としての本当の生命体と言えるでしょうか――。
 身内からすれば、どんな形でもいいから生きていて欲しいという気持ちと、こんなに苦しむのなら、早く死なせてあげたいという気持ちが葛藤して、どっちが正しい答えなのか、人が人のことを勝手に決められるものでもありませんが、心が痛みます。
 昔、秦の始皇帝は、不老不死の妙薬を探し求めたそうですが、人間が限りなく生きるなどあり得ません。いつも死と向き合っているのです。平時はそんなこと考えもしない、若いときは特に、だから笑ってはしゃいで、くだらないことで悩んでみたり、怒ってみたりして、能天気でいられるんです。生まれたときから死の恐怖に思い悩み、苦しんでいたら普通じゃありません。それこそ不安神経症のひどい奴で、そのうちに神経が参って本当に死んじゃいます。知らぬが仏が一番。
 精一杯、今を生きることです。
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by masashi-ishibashi | 2008-09-18 16:02
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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