石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 95

 <空手道場もインターナショナルに>

 この大山道場の責任を持たされてからしばらくはここで教えていたのですが、そのうち劇団の方も、本公演だ旅公演だ何だかだと忙しくなってきたものですから、空手の方は大学の後輩を時々指導するだけにしていたところ、昭和三十九年(1964・東京オリンピックがあった年ですね)のある日、またひょっこりと大山師範から「キミィ、何とかならんかね……」と言う相談がありまして、新しい道場のお手伝いすることになったのです。
 まあしかし、時代は変わり道場へ行って驚きました。一道十年と言いますが、目白の自宅庭野天道場で二年、オンボロバレースタジオで八年、十年を経たその頃、大山道場は極真会へと大きく変貌発展し、西池袋に三階建ての立派な本部道場ビルを構えるまでになっていたのです。中に入ってまた吃驚。道場はまさにインターナショナル。国際色豊かと言いますか、日本人の道場生に混じり、いろんな国の方が空手の修行に来ていて、一所懸命に汗を流す光景が展開しているではありませんか。当然、初心者もいますが、自分の国で道場を持っているという道場主たちが、空手の本場、日本へ研修に来ているんです。オランダあたりの人などは、身長百九十センチ、体重は百キロを超えるという人がいるのですから、並大抵のことじゃ師範代理は務まりません。
 何せこの頃、外国人の中には、武道をただの喧嘩と間違えて、いや、格闘技には違いありませんが、戦国時代じゃないのですから。それをどう勘違いしているのだか、七十歳にも八十歳にもなって、現役を引退している高段者の方に対して、その人と勝負したい、もし自分が勝ったら俺の方が強いのだから、その人より上の段位を出せなんていう、乱暴なのがいたりしてですね。葡萄(武道)園のはしご段じゃないのですから。中にはそっと私のところへやって来て、「お金を出すから型を教えてくれ、いくら出せばいい?」なんてのがいたり。〝段位〟も〝型〟も商売に結びつけようって言うんでしょうね。まったくの話し、道の修行をどんな風に考えているのだか、理解に苦しみます。
 ま、それは本当にごくひとつまみの人間で、この空手というオリエンタル武道に対して、大変真摯に取り組んでいる外国の方が大勢いまして、いろんな人に教えながら、また逆に、有形無形様々な、人間の考え方、生き方を教わりました。
 大山道場から極真会と、ずいぶん多くの人たちを教えたり、また大山師範に組手の相手をしてもらったりと、大変深い関わりを持ってきましたが、その教えた人たちの中から、多くの優れた人材が育ってくれて、またその人たちの弟子が国内、国外にと、果てしなく裾野は広がって行き、一武道家として感無量といったところです。
 勿論、これは私の六十年という空手自分史の中の、ひとつのエピソードです。
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by masashi-ishibashi | 2008-09-15 12:31
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