石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 88

 その頃、日芸空手道部の道場は青空道場です。つまりちゃんとした屋根つきの道場がなくて、屋外で稽古をやるんです。もちろん、教室だって木造の兵舎みたいなもので、現在のように立派な鉄筋コンクリートの建物などはありません。
 今でこそ冷暖房つきの立派な道場がありますけど、あのころは運動場の土の上ですから、叩きつけられたりしたら、そりゃ痛いのなんのって。それに雪でも降ろうものなら、たまったものではありません。足の指なんか感覚がなくなっちゃって、石っころなんかにつまずき、指先を怪我しても分かりゃしない。血が出ているのを見てはじめて気がつくくらいで、なんたって素足なんです。雨なんか降った日には最悪。蛙は喜ぶかもしれませんが、こっちはびしょ濡れ泥んこ。後で先輩たちの稽古着を洗濯するのに一苦労。あのゴワゴワした帆布のような稽古着を何着も、ゴシゴシと手で洗わせられるんですから、もう真っ赤に擦りむけて痛テテッで泣きの涙。今の時代であれば全自動洗濯機などという、強い味方があるんですけどね……。ですからいよいよのこととなれば、無理やり空いてる教室の使用許可を貰って、稽古をしたものです。机や椅子を片隅に寄せて、終わったらそれをまた元に戻して。
 それに比べると、今の体育館などにあるトレーニングルームや武道場は、何とも実に快適に出来ていますね。四季を通じ一年中エアコンが入っていて、終わればシャワーあり、サウナあり、気分次第では、体育館のレストランで、気の利いたおつまみを友に、泡立つビールをキューッと一杯。皆さんこれをやるのが楽しみだったりして――。トレーニングルームに来ている人たちの中には、有名ブランドのトレーニングウエアーやトレーニングシューズで身を固め、周りの人とおしゃべりばかりしている人を、時々お見受けしますが、なんと申し上げたらよいのか、体のトレーニングに来たのか、口のトレーニングに来たんだか、洒落のめしてファッションを見せっこする、社交場と間違えたのか、どっちなんでしょうね……。ま、いいとしますか。
 私なんかはどちらかと言えば、それこそ腰に毛皮の腰巻などを巻きつけ、バーベルなどじゃなくて、石っころを持ち上げているような、原始的なのが好きですけど。いや、これはやはり貧乏性に出来ているんですよね。でもまあ、あまりにも文明の恩恵に浴しているときよりは、自然の中にいる時の方が、自分がよく分かるような気がするんですけど――。
 ですから今でも、府中市の〈健康を創る集い〉の連中と一緒に汗を流していますけど、何と言っても心の主道場は、自宅から近いと言うこともありますが、多摩川の河川敷です。学生時代に土の上でばかりやっていたせいか、自然は気持ちがいいですよ。「空手道とは己に勝つこととみつけたり」なんて勝手なことを言って、空手の型などを、時々、ひとりで無心になってやっていますが、朝露が残る早朝にしても、夕陽が沈みかけ、暮れなずむ河原の景色にしても、その自然との一体感がよろしい。
 さて、この日芸の空手道部には、変わっていると言うか、個性の強いのがたくさんいました。もともと自由の気風が強い芸術学部のことですから、他校の空手部とは少しばかり違います。美術学科、演劇学科、映画学科、文芸学科、音楽学科、写真学科、それぞれにものの考え方や、感受性など微妙に違いますが、果てはよその大学、武蔵野音楽大学の学生なんてのが、我が空手道部に籍を置いて稽古をしているんですから。
 各々が独創的な工夫を凝らしてですね。みんなが芸術家の卵気分でいるのですから、可愛いって言うか、始末が悪いって言えばいいのか、それでも真剣そのものなんです。
 ひとりの男がある日、頭をつるつるに剃ってやってきたことがありました。それに稽古着の袖も短く切っちゃって。まるで蛸。「なんだ…… そりゃ?」って言いましたら、「接近戦になった時に袖を掴まれたり、髪の毛を掴まれたら不利じゃないか、それに組討になった時、頭がすべるようにしておけば、するりと抜け出せるし、掴みどころがないから相手も困るだろう」って言うんです。何を考えているんですかね。結果は折角の名案? (迷案)も、何ら効果を発揮することなく、惨憺たるものでしたけど。奇策を弄しても駄目であります。まずは正攻法が一番。
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by masashi-ishibashi | 2008-09-02 14:44
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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