石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 72

  映画からテレビへ

 昭和四十九年(1974)二月二日封切り。「激突・殺人拳!」(東映製作)。昭和三十年代の映画黄金期から昭和四十年代に入り、後半斜陽の一途を辿っていた、映画産業という焼木杭に火がついて、初日の舞台挨拶の時など各映画館とも、お客さんがドアの外に溢れんばかりの、映画全盛期を思わせる有様。ある東映の関係者は「この空手映画ブームは短命、ま、半年ぐらいと見ているが、この間にババンと四本ぐらい作りたい」とおっしゃっておられたとか。私も最初、こんなブームは麻疹みたいなもので、そう何時までもは続かないでしょうと、あるスポーツ新聞のインタビューでお話していたのですが。それが何と昭和五十二年(1977)半ばの「空手バカ一代」まで、約三年半にも渡ってこのブームが続いたのですから、いや誰もが驚きましたよね。その製作本数たるやウン十本。私もその中の、「ボディーガード牙・必殺三角飛び」(1973、役名・鮫谷一貫、監督・鷹森立一)。「激突・殺人拳!」(1974、役名・志堅原楯城、監督・小沢茂弘)。「殺人拳・2」(1974、役名・志堅原楯城、監督・小沢茂弘)。「極悪拳法」(1974、役名・鷲見幸吉、監督・小沢茂弘)。「黒い女豹M」(1974、<日活>役名・中田、監督・蔵原惟二)。「女必殺拳」(1974、役名・犬走一直、監督・山口和彦)。「女必殺拳・危機一発」(1974、役名・本位田猪一郎、監督・山口和彦)。「華麗なる追跡」(1975、役名・尾野沢要介、監督・鈴木則文)。「けんか空手極真拳」(1975、役名・南波棋八郎、監督・山口和彦)。「帰って来た女必殺」(1975、役名・蛇倉、監督・山口和彦)。「けんか空手極真無頼拳」(1975、役名・竜堂寺重成、監督・山口和彦)。「必殺女拳士」(1976、役名・白毛鬼、監督・小平裕)。「武闘拳猛虎激殺」(1976、役名・吉羅本伝造、監督・山口和彦)。「空手バカ一代」(1977、役名・与那島剛造、監督・山口和彦)。と、十四本も出演させていただきましたが、ま、作り過ぎもありますけど、いろんな要素が重なり合って、撮影所は再び寂しくなっていったのであります。
 その後、「新女囚さそり・特殊房X」(1977、役名・黒岩徹、監督・小平裕)。「多羅尾伴内」(1978、役名・種田金吾、監督・鈴木則文)。「多羅尾伴内・鬼面村の惨劇」(1978、役名・水沼伸介、監督・山口和彦)。「戦国自衛隊」(1979、<角川春樹事務所、配給・東宝>役名・細川藤孝、監督・斉藤光正)。「二百三高地」(1980、役名・福島安正、監督・舛田利雄)。「忍者武芸帖・百地三太夫」(1980、役名・百地三太夫、監督・鈴木則文)。「吼えろ鉄拳」(1981、役名・響鉄心、監督・鈴木則文)。「大日本帝国」(1982、役名・高級参謀、監督・舛田利雄)。等々に出演するにはしましたが、結局はテレビを主体とした仕事に、ローテイションを組み替えなければならなくなり、現在の事務所に所属したわけです。
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by masashi-ishibashi | 2008-08-11 15:52
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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