石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 69

 この昭和四十八年(1973)の後半からは、近年に無く、インフルエンザーが猛威を振るった年でして、私などは撮影に入る前に早速その洗礼をを受け、四十度近い高熱に喘ぎながら、ビジネスホテルの小部屋で数日間寝込んでしまいましたが、そんなことで負けてはいられません。とにかく一期一会と固く心に決めているんですから。高熱で頬はこけて、身体はふらふらしていますが、どんなに辛くても、やり遂げなければならないのであります。
 クランクインしてからの、撮影の進捗状況も、難行苦行の連続。何たって初めてのジャンルにチャレンジしてるんですから。試行錯誤しながら目は吊り上り、口角泡を飛ばしてもう大変。会社やスタッフは、何としても映画を盛り返したいと思っているし、俳優たちはこれまた、何としてもこの映画に賭けて知名度を確立したいと、オールスタッフ、キャストが炎を上げて燃えに燃えているんですから、皆さんの目つきが違います。しかしこの意気込みというのは、単に熱演と言うことではなくて、いい意味で画面に滲み出てくるものですね。
 どのアングルから撮ったらより効果的か、フレームの中にどんな構図を捉えるか、照明は、音響は、音楽は、そして演技はなど、この「激突・殺人拳」というアクション映画を中心に、ディスカッションは喧々諤々。まるで喧嘩みたいに白熱します。「よーしっ! どっちがいいかラッシュで勝負だ!」などとわめきながら、即日ラッシュ(その日に撮ったフイルムを即日現像して、映写してみること)で確認して、リテイクしたり。
 昭和四十八年、あの凍てつく京都の十二月二十六日、ラストシーンである大型タンカー甲板上での、決闘シーン撮影。暴風雨の中でのアクションシーンのため、一度始めたら、途中でやり直しだすトップだというわけには行かない。そのために、午前中は撮影のための演出プランとそのコンテ(コンティニュイティー・映画、テレビなどの、カット割りがしてある、撮影台本、演出台本)、アクションプランとそのコンテ、演技プランとそのリハーサル等について、監督をはじめオールスタッフと演技陣との綿密な打ち合わせ。午後からいよいよ満を持しての撮影開始。
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by masashi-ishibashi | 2008-08-07 13:49
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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