負けるわけにゃいきまっせんばい! 60
<縁に連るれば唐の物>
〈何かの縁で、思いがけないところに、手ずるが出来る〉と言う譬えですが。 前述しました、昭和四十八年(1973)、新宿コマ劇場の八月公演「女どろどろ物語」の時です。公演中のある日、舞台から引っ込んできた私は、他の場の芝居を観てみようと、客室の後方にある監事室(舞台の進行状態が見えるようになっている、ガラス張りの一室)に入ったんです。そこに先客が一人いまして、私が入ってきたのに気づきふっと振り返りました。勿論、開演中ですから明かりは消してあり真っ暗です。まして明るいところから入ってきた私などは、鼻をつままれても分からないくらいなのですから、先客が誰なのか皆目見当が付かないわけで、そっと隣の椅子に座って舞台の方を観ていますと、その人物は更に顔を近づけてきて、舞台から洩れる明かりを反射させ、ぎらぎらした目で、私の顔を食い入るように見つめているんです。このすっとこどっこい野郎、気持ちの悪い奴だなあと思って目を合わせたとたん、「石橋っちゃんじゃないか?」って声をかけてきたものですから、私もびっくり、「誰? 誰だよ?」と聞き返したところ、「俺だよっ、日尾だよ!」って言うものですから、二度びっくり、彼はずっとそこで芝居を観ていたわけで、暗がりに目が慣れていたわけですね。 そうです、東映東京撮影所の殺陣師であり、俳優の日尾孝司氏だったんです。そりゃあ吃驚もしようというものです。彼とはその五年ほど前に、東映の東京撮影所で撮っていた、テレビ映画「特別機動捜査隊」、サブタイトルが<決闘>という作品で共演したことがあり、それ以来だったんですから。彼が、田舎から上京してきて、ギターの流しをやりながらボクシングに夢を賭け、ジム通いをする青年(日尾氏は京都の出身で、立命館大学時代は実際にボクシング部員だった)。私が、現代版の平手造酒とでもいうか、身を持ち崩した空手使いの用心棒。最後に二人が決闘するというストーリーでした。 すごく懐かしくて、「随分久しぶりだねえ――」と言いますと、彼は大変急いている様子で、いきなり「いやあ、随分探してたんだよっ!」って言うんです。そりゃそうですよ、プロダクションをお払い箱にされた、独りぼっちの無名の俳優など、数年も経てば何処にいるか探しようがありません。それこそ藪から棒みたいなものです。何のことかと聞きましたところ、「仕事のことだよッ!」って言うんです。この再会が後々、東映と深い繋がりになって行くとは、夢にも思わなかったし、彼もその時は多分そうだったろうと思います。
by masashi-ishibashi
| 2008-07-25 13:13
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