石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 41

 この一年間は、文化座で八年間仲間と喜怒哀楽を共にし、芝居創りに情熱を燃やした時間とは、全く意味合いの違う、三十二歳の真剣な賭けだったのです。
 数日後、文学座から一通の封筒が届きました。中身は、残念ですが文学座では貴方を必要としていません、という意味のことが書かれた一枚の紙切れでした。
 気持ちを新たにして、また演劇活動を始めたいという願望から、身の回りのこと(親も妻も弟たちも、自分にかかわる諸々のことを含めて)を犠牲にして、のめり込んできた一年間。形としては×という結果が出たわけです。しかし、無形のものは沢山私の中に残りました。
 ただ、二十代の若いときと違って、もっと突き詰めた状況でのこんなことだったため、張り詰めて頑張った分だけ、変に虚脱感が強く、しばらくは、ただぼーっと頭の中が空白になって――。妻の方を見ると、じっと通知書を見つめる目に、みるみる涙がふくらみ、頬を伝って流れ、黙って我慢していた姿を今でも鮮明に思い出します。
 この頃、母親と一緒に住むことが、かえって精神的にも生活面でも、迷惑をかけることになっていたので、すぐ下の弟に母を頼み、私たち夫婦は、池袋にあった六畳一間のおんぼろアパートに住んでいました。
 そのがらんとした部屋の、六十ワットの電球の下、虚ろな目で一点を見つめ、ぽつんと座っていた一組の夫婦。そう私たちです。そんな光景が何かの時にふっと脳裏をよぎります。
 人間一生の中で、死ぬまで忘れられない、強烈な残像として刻み込まれた情景が、いくつかあるものです。
 自分の生き様にかかわる、すべての事柄の中に――。
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by masashi-ishibashi | 2008-07-04 12:46
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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