石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 36

 といったわけで、絶対に辛抱しちゃいかん、もう駄目だと思ったら直ちに救急車を呼んでもらって、病院へ直行するようにと厳重に因果を含められ、応急処置を受けて外へ出たのですがそこまで。だらしのない話だが完全にギブアップ。一歩も先へ動けないし、それどころか立ってることさえ出来ない。小さな石ころを踏んづけただけで、頭のてっぺんまで激痛が突き抜けるんです。ついにダウンして、自宅に一旦戻ることもならず、診療所から車を呼んでもらい紹介状も書いていただいて、手術の出来る小平の昭和病院へ直行。早速、白血球だの血液凝固時間だの、何だかだと検査をされ、その日のうちに切腹という情けないことになりまして、若い看護婦さんに、アソコの毛をジョリジョリと、安手の軽便剃刀で容赦なく剃り落とされ……。そういえば、馬鹿にくそ真面目な顔で念入りに剃ってたけど、ああいう時はどんなことを考えてるのかなあ――? ま、いいか。そのあと精神安定剤か何かを腕の付け根に打たれ、ストレッチャーでエレベーターに乗せられ手術室まで行くのですが、死刑台のエレベーターじゃあるまいし、付き添ってる看護婦の顔が、白衣の天使ならぬ看守の顔に見えたりして。手術室に入ると、手術服に帽子、マスクをかけゴム手袋をして、天井からぶら下がったライトの下で待ち構えているスタッフの姿が、なにか無表情な死刑執行人って感じ。手術台の上にごろんと芋虫のように転がされて、腰椎の辺りに麻酔を打たれ、患部の上辺りをヨードチンキのようなもので、ポンポンと消毒してるなあと思っていたら「痛いですか? どうです? ……」と医者のたまわく。痛いですかじゃありませんよ。そんなこと言いながらもう勝手に切っちゃってるんですから、人のお腹を。
 しかし、あれは人間のお腹だと思ったら、なかなか切れないかもしれませんね。マグロを三枚に下ろすようなつもりでないと。でなければ外科医はみんな冷血漢とか。
 そして、あとで言うことが憎らしいですよ。「そうだ、あなたは俳優さんでしたね、じゃもう少し切り口を小さくしておけばよかったなあ」ですって。空々しいったらありゃしない。どうせ私は無名の役者ですからね。
 もうどうでもしやがれ、さあ殺しやがれと開き直りましたが。慌てたのは製作会社ですよ。三日に上げず果物などを持って見舞いに来てくれるんです。最初は、こんなに迷惑をかけてるのに申し訳ないと、この好意に対して偏に感謝していましたが、製作会社の人の顔を見て、はっと気がつきましたね。「忍ぶれど色に出にけりわが恋は…… 」ですよ。早く退院して現場に復帰してくれなければ、当方としては困りますって、ちゃんと顔に書いてありますから。まあ、仕方ないでしょう、会社とはそういうものなのです。ちっぽけな個人より、会社の大きな利潤です。
 まだ、傷の縫い目が、笑っても咳をしても、思わず体を折り曲げるほど痛いというのに、それじゃ勝負をしようじゃないのと強がって、抜糸前の体に鞭を打ち、そろりそろりと屋上に上がって、体を動かしウォーミングアップ。
 やっぱり若さですかね、予後の経過も順調で一週間目には抜糸。あの消毒臭い陰気な病院を後にし、牛に引かれて善光寺…… じゃない、女房に手を引かれてよちよちと懐かしの我が家へ。
 ほっと一息ついたのもつかの間。退院三日目には待ってましたとばかりに、演技課から召集令状。まったく仕事は戦争みたいなものです。生きるか死ぬかという感じですから。そこがまた俳優の弱い立場というか、その性の泣き所といいますか、その場になったらやってしまうんですからね。
 傷口を庇いながらやった、たった一日のこの仕事(ラストの立ち回り)が、この後、数年間体調に祟ろうとは――。
 盲腸の手術って簡単なようですけど、これで腹膜炎などを併発して、亡くなる人だって中にはいるんだそうです。それに抜糸後、二週間ぐらいは安静にしていないと、虫様突起を引っ張り出す時に動いた、他の内臓が正常に納まらないんだとのこと。そんなことも知らないで、意地になって立ち回りなんかやっちゃったものですから。
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by masashi-ishibashi | 2008-06-18 15:01
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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