石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 35

 <虫垂炎 (盲腸)>

 そんなある日、テレビ映画を撮影している最中、翌日にラストのアクションシーンを撮影すれば、クランクアップするという日の夜中になって、いきなりキリキリッと腹痛を起こし、おまけに発熱。それも三十九度を越える高熱。「さてもさても、これぞまさしく鬼の霍乱」いやいやそんな芝居を気取ってる場合じゃないんです。体を海老のように曲げて脂汗を流し、歯を食いしばって苦悶の極み。とうとう我慢しきれなくなりまして、「医者を頼むぞえ女房殿」という仕儀に相成り、こうなるとまったく男一匹だらしのないものです。女房はといいますと、オロオロしてびびってるんです。怖いって? 俺の形相がそんなにひどいのか! 薄情な奴め! と思ったら、そんなんじゃない、財政困難のみぎり我が家には電話を引いていなかったものですから、この夜中に医者の所まで歩いて行かなければならないわけで、そりゃ怖いですよね。私だって嫌ですよ。今はもうおばあちゃんですけど、あれであの頃はうちの妻も若くて可愛かったんですから? (この際こう言っておかないと、沢山借りがありますからね……)。そのころ住んでいた所は清瀬市。同じ東京でも当時まだ北多摩郡清瀬市といってすごい田舎。国立結核療養所やら、いくつかの大きな専門的病気療養所があるだけの淋しい町で、一般外来の患者を診る医者のところまで行くには、近いところでも自宅から歩いて十五分以上かかるんです。その間、民家はほとんどないんですから、気の弱い人なら男だって怖いですよ。「東山三十六峰、草木も眠る丑三つ時」 講談じゃありませんが、この真夜中にこんな時ばかり女房さま様で、女性一人に行かせようなんていうのがそもそも無茶な料簡。そこで階下に寝ていた弟をたたき起こし(どこまでも自分勝手な男なんです)、これを用心棒に仕立て。いかにも頼りないがこの際背に腹はかえられません。寝起きの悪いやつを叱咤激励。いやいや励まされるのは私のほう。とにもかくにも出立させましたが、医者の方だって大迷惑です。それでもよく来てくれましたよ、仏頂面はしてましたけど。こういうときは出来るだけへりくだってヨイショ…… じゃない、ご足労をねぎらわなければなりません。
 なんたって夜が明ければ、ラストの撮影シーンが待ってるんですから。
 「虫垂炎(盲腸)の症状だが、こんなに熱が高いというのがどうも分からないなあ、とにかく今夜は痛み止めと化膿止め、それに解熱剤を注射しておきますから、明日の朝もう一度、診療所の方へ来てください」。ということで、その宿直医の先生さっさと帰っちゃつた。
 翌朝早々、制作担当に連絡を取り、事情を話して少し遅れる旨を伝え、女房に連れられて診療所に伺いましたところ、即入院手術といきなりこれですからね。「そんなこと勝手に決められても困ります、女房を付き添いにしてでも行かなきゃ、撮影所でオールスタッフ、キャストが待ってるんですから、先生何とかしてくださいよ」って頼みましたら、「この症状では、もう手術以外にないと言ってるのに、あんた死にに行くつもりかね。あたしは命の保証はしませんよ!」と一喝されてしまいましたが、そりゃ私だって出来ることなら休みたいですよ。苦しくって脂汗を流してるんですから。手遅れになって病気を重くしたり、命を落としたりする俳優が時々いますけど、俳優という仕事は、厳密な意味では代わりの利かない仕事ですから、こんな時は本当に辛いですね。これで私が入院のために撮影が出来なくなって、他の俳優さんで最初から撮り直すとなれば、それだけでも莫大な制作費がオーバーするでしょうし、折角調整してあった、出演者やスタッフのスケジュールも滅茶苦茶になってしまうのです。
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by masashi-ishibashi | 2008-06-17 13:12
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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