石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 34

 この頃です。自分で売り込み用の写真を作り、自分のプロフィルを印刷して、各テレビ局の製作部や演出部に自分で売り歩いたのは。でも足を棒にして歩いたにしてはまったくの徒労でした。人の顔をろくに見もしないで、横を向いたまま「あ、そう、そこに置いといて」と言ったきり、話にも乗ってくれないプロデューサーやディレクター。にこにこしながら話に乗ってくれても、「そう、劇団辞めたの、大変だねえ。考えとくよ」と言うだけでさっぱり梨の礫、せめて山の谺程度でも反響が返ってくればまだいいのですが、私のやってることは鉄砲玉のようなもので、飛んでいったっきり帰ってこないんですから。仕事という施しを受けるために、自分が卑屈になっているようでどれだけみじめな思いをしたことか。いや、現実とはかくも厳しきものかなってやつです。八方塞がりで目の前真っ暗。
 頼りは空手の師範代理。これだって空手で生業を立てるつもりは毛頭なく(あの時、外国から何度もあった招聘を承諾していたら、今頃は向こうでプール付きの大邸宅に住んでいたかな? 呑気なことを言ってる場合じゃない)、自分で道場を経営しているわけじゃありませんから、わずかな手当てを貰うくらいでは満足になど食べていけません。それどころか、自分で選び、生涯の仕事と決めてこれまで来た俳優の道に、何の保証もかすかな光さえ見出せない、どん詰まりの断崖に立たされては、益々、思考力に柔軟性というか余裕がなくなり、下手な考え休みに似たりで、何の妙案も浮かばず精神状態は錯乱寸前。焦燥は極みに達して、今やご乱心あそばすのではないかとわが身を危ぶむ状態。
 しかし、捨てる神があれば拾う神もあるの譬えで、「空手風雲児」の時、制作に関係していた文芸プロダクションのマネージャー(あえて名前は言いませんが)が親切に、プロダクションには内緒で、時々仕事を回してくれるようになりまして、TBS制作「美空ひばり劇場」の<唐人お吉>で三回完結のレギュラー、ヒュースケン(ハリスの通訳)の役をやって、ひばりさんともお芝居をしたり、当時、大蔵映画で撮っていた<第三の男>(今井健二主演)のゲストなどをぽつぽつと。しかし、部屋代を払って食べていけるほどのものではありません。その頃女房は、女優業を断念し他の生き方を模索していましたが、相方がこんな状態だものですから、意に染まないお勤めなどをして生活を支えるといった有様。こっちはまったく形無しの体たらく。劇団にいたときは、まだ劇団という拠りどころがあり。劇団活動という名の変な誇り(実際は埃みたいなものですけど)と支えがありましたけど、フリーになったとたんに、仕事をしている時だけが俳優で、クランクアップするのと同時にただの人。次の仕事が決まるまでは失業者です。無名の俳優としてはその方が多いのですから、毎日毎日、部屋に閉じこもっていると、さすがに、何食わぬ顔で亭主関白を装っているのとは裏腹に、心の中では小さくなって、窒息しそうで身の置き場がないというか、精神不安定になって。
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by masashi-ishibashi | 2008-06-16 13:49
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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