石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 30

 稽古中、役創りに行き詰まり、山谷のドヤ街で、演技プランを書きかけたノートを枕元に置いて自殺した友人。伊豆下田の先にある子浦という漁村で合宿をした時、仕事の徹夜明けで一緒に来た日本テレビのスタッフの一人が、折角、疲れを取る息抜きだった筈なのに、泳いでるうちに心臓麻痺をおこして亡くなり、合宿所にしていたお寺でお通夜をしたこと。これらは何ともやりきれない追憶ですが。また、その時は首でも縊りたいくらいの気持ちだったくせに、今となれば笑い話になってしまう、舞台の進行中に起きたハプニング(後の項でご披露しますが)とか。旅公演の途中でに起きた集団食中毒事件。
 どうも高松の旅館で食べた海老だか刺身だかがいけなかったらしい。四国の高松から乗船した宇高連絡船まではよかったのですが、宇部で下船して次の公演地岡山市に向かうために、玉野市から乗った宇野線の電車の中で最悪の状態。熱は高くなり、腹痛と下痢を我慢するのに、身を捩って苦悶の形相凄まじく、顔面蒼白、脂汗たーらたら、ここで漏らしては男が廃る。なんせこの電車にはトイレがなかったのです。次の駅についたとたん最早これまでと、とうとう飛び降りて駅のトイレを拝借に及びましたが、いやあ、済ませた後のあの気分は何とも言えませんね。熱はあるし腹がしぶってますから、気分爽快とまではいきませんが、肩で大きく「ほーッ」息をつき、脱力感と言うかしばらくうっとりとした気分で。
 この事件は私のほかにも同じ症状を訴えた人が数人いまして、遅れて現地岡山で本隊と合流、お医者さんを呼んで診てもらい、解熱剤の注射を打ち抗生物質の薬を飲んで、その日の舞台をつとめましたが、代役を立てて休むと言うわけにもいかず、体の不調と責任の狭間で心細い思いをしたものです。これもこの仕事を選んだ人間の宿命ですね。旅公演というのはかなりハードなスケジュールが組まれますので、いかに若いとはいえ、どうしても体力、抵抗力が低下してきます。


 <当時の旅公演>

 旅公演の期間は長い時で全国津津浦浦約三ヶ月にも及ぶことがあり、西から東に移動するとき一度だけ東京に帰って、旅ごしらえを整え直してまたすぐに出かける。とまあこんなスケジュールで、しかも、劇団にお金がないものですから、劇団員全員がいろいろなパートを担当し、各会場の舞台設営。現在のように素晴らしい文化会館などはほとんどなく、ひどい時は学校の体育館などで、ちょっとした演壇に二重(普通、180㎝×90㎝の所作台に似たもので、要するに舞台装置の床などとして使うもの)で舞台を張り出し、その前部に丸太でプロセニアムを組み、幕をさげてまずは舞台作りから始め、その上に舞台装置を組み立てるといった塩梅で。それぞれが大道具だ小道具だ衣裳だと受け持つわけですから、現地に到着したとたんにてんやわんやの大騒ぎ。まるで戦争。専門家は照明部と大道具の棟梁だけ。音響効果のオペレーターまで劇団員がやるんですから(音楽、効果音だけは専門家が作ってくれます)。
 私などは何の因果か、先輩と酒を飲んでるうちに「お前は大道具だッ!」って、いきなりご下命があり、目を白黒させてるうちに、迂闊にも「ハハッ」っと拝受してしまったのが運のつき。

   空には三日月 お座敷帰り
   今夜は酔うたわ 踊ったわ
   逢わなきゃよかった 今夜のあなた
   これが苦労の はじめでしょうか

 芸者ワルツじゃあるまいし馬鹿なことを言っちゃいけない。その先輩も今は故人となられましたけど。
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by masashi-ishibashi | 2008-05-22 13:46
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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