石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 25

 <訛り(アクセント)との大格闘>


 なんとものっけから蹴躓き、呻吟のた打ち回って苦しんだのが言葉のアクセント、いわゆる訛りですよ。正しいアクセントで標準語を喋るということは、俳優としての基本的な最低条件でして、だから言葉が訛るということは、スタートラインから致命的なハンディキャップを背負い込んだわけです。なんせ台湾で十二年間、九州で六年間の生活をしてきたものですから、植民地訛りと九州訛りが仲良く手をつなぎ、果てはこんがらがっちゃってるんですからそりゃあ一筋縄じゃいきません。それはもう万人をして感嘆させるに十分な、インターナショナルな訛りなんですから。


     雨ニモマケズ

            ― 宮沢賢治詩集より ―

    雨ニモマケズ
    風ニモマケズ
    雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
    丈夫ナカラダヲモチ
    欲ハナク決シテ瞋ラズ
    イツモシズカニワラッテヰル
    一日ニ玄米四合ト
    味噌ト少シノ野菜ヲタベ
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ホメラレモセズ
    クニモサレズ
    サウイフモノニ
    ワタシハナリタイ

 「ダメ!ダメ! ダメッ! 何回言ったら分かるのッ!」
 そんなこと言ったって、こっちだって雨にも負けず、風にも負けず汗だくになって頑張ってるんです。玄米四合どころか、味噌だって、野菜だって、ろくに食えない生活でやってるんだから!
 そうそう欲はあってもいいが、決して怒っちゃダメ! いつも静かに笑っている。 ねッ。そういうものに私はなりたい!


     河  童

         ― 北原白秋詩集より ―

    麗らかな麗らかな、
    何ともかともいへぬ麗らかな、
    実に実に麗らかな、
    瑠璃晴天の日のくれに、
    河童がぽつんと立った、との。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「あーあ、ちっとも麗らかじゃねぇよ! 曇り空の下で、河童が雨合羽をかぶって突っ立ってるみたいじゃないか!」
「くそったれ! 俺だって腹立ててるんだ!」

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
    頭のお皿も青白く、
    真実、れいろう、素っ裸、
    こゑも立てねば音もせず。

 そう、こっちはお皿? じゃない――  顔も青白くなって、恥も外聞もかなぐり捨てて、真実、れいろう、素っ裸になってやってるんだから! それをあのアクセントは違う、このアクセントはおかしいのって、ひと言喋る度に、皆でよってたかって怒鳴られたんじゃ、頭の中が混乱しちゃって、それこそ〃こゑも立てねば音もせず〃になっちゃうよ。本当にこれじゃデルトマケ(出たとたんに何時もつんのめって、負けてしまう)じゃねぇか!
 こっちはろくなものも食べずに、稽古場まで、やっとたどり着いてやってるんですからね。まったくの話、宮沢賢治さんじゃありませんが、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体と、精神力を持ってなかったら、それこそ首でも縊りたくなりますよ。
 そんな状態だものですから、もう完全にアクセントノイローゼ。これを何とか克服して直さなければいけない。思ってはいるんですが、人から指摘されると、闇雲に腹が立つんですねぇ。裏返してみれば、ようするに、自分の情けない悔しさに腹を立ててるだけのことなんです。
 寝ても覚めてもアクセント辞典と首っ引き、夜、布団をかぶって目をつぶっても、頭の中に言葉が氾濫して、アクセントのお化けが、大きくのしかかって来るような幻想を抱くといった次第で、最悪。
 いくらアクセント辞典を引いて、セリフの横に、アクセントの高低記号をつけておいても、感情が乗ってくればくるほど、意識すればするほどその努力とは裏腹に、それはそれはお見事というほどに訛るんですから、手のつけようがありません。
 そうですよね、言葉は生き物、アクセントというのは、その地方の風土や生活習慣の中から、自然発生的に生まれてくる生活感情、その感情表出から発生する、喋り言葉のイントネーションが、アクセントを形成するわけですから。だから記号どうりに喋っただけでは、その人間の、生の言葉ではなくなってしまうんです。
 そうだ、これは語学と同じで、生活の中から体得するのが一番と気がつき、辞書と生活環境の両面作戦。恋人を作るなら東京育ちの人、女房にするなら東京育ち、友達を作るなら東京育ち、もう3Tトライアングル。訛りのある地方の奴とは付き合わない! なーんて言うのは大嘘です。私の女房は、たまたま東京生まれの東京育ちだっただけのこと。だいたい昨今の東京なんていうのは、植民地のような寄り集まりですから。
 しかし、この意思を伝達するための、単なる音声でしかない言葉で、これほど苦労するなど、九州に居たとき、つまり俳優を志すまでは思ってもみませんでした。でも皆さんいい人ばかりで、いろんなことを教えいただきました。
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by masashi-ishibashi | 2008-05-16 17:20
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