石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 23

 それからはたまにしかお宅にお伺いすることもなくなり、奥さんとは次第に手紙のやり取りだけになってしまって。家庭裁判所の調停員を勤められ、七十歳で定年退職、藍綬褒章を受章なさっていましたが、はからずも私が隣町の府中市に転居してきてから、五年目の昭和五十九年(1984)六月十日、鬱陶しい雨が降っている日でしたが、夜、突然の電話で、ご子息の弘道さんから奥さんの訃報を知らされ、慌ててお通夜に駆けつけるということになったんです。七十二歳だったそうで、よく私が出演している映画やテレビをご覧になっては、「よかったね、よかったね」と、私が一人前の俳優として仕事していることを、とても喜んで下さってたそうです。膵臓がんが頭部にまで転移していたとのことですが、死に顔を見ると、何年かお会いしない間にちっちゃなおばあちゃんになってしまって。さまざまな煩悩と闘い続けてきた人間の終焉なんて、あっけないものです。たった先ほどまでこの世にあった姿も、ただの物体となり、そして彼岸の彼方に消滅し、二度と会うことの出来ないもう帰ってこない人なんだなあと思うと、何か胸の辺りがきゅっと締め付けられるようで、言い知れない寂しさに襲われ、じっと顔を見つめたまましばらく声が出ませんでした。
 初めて先生にお会いしたのは十八歳の少年の時でしたが、私もいつの間にかこのときすでに五十一歳。
 皆に心配ばかりかけてきた私が、これらの方々にせめてもの孝行をしたと、自分勝手にこじつければ、せめて曲がりなりにも、あいつは俳優だよって、認められるようになったことでしょうか。
 因果な職業で、翌日、早くから京都で撮影があるため、告別式に出席することも出来ず、途中でお別れしましたが、外は叩きつけるようなひどい雨に変わり、車のハンドルを握ったものの、ハイスピードで左右に動くワイパーは何の役にも立たず、フロントグラスを滝のように流れる雨は視界を遮り、ヘッドライトの先もよく見えないほどで、何か急に虚しいような鬱な気持ちになり、車を走らせながら思ったものです、 生きてるって何だろう――。
  人生って何だろうって――。
 でも負けてはいけないんです。マイナス思考はご法度なんです。
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by masashi-ishibashi | 2008-05-14 18:08
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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