石橋雅史の万歩計

負けるわけにゃいきまっせんばい! 14

 もっともどんな境遇にあっても、清廉な生き方をなさる人もいらっしゃるでしょうけど。
 父も公職を追放された元職業軍人ですからろくな仕事も無く、漬物会社の臨時雇いに勤めたり、落花生を仕入れてきて駄菓子を作り駄菓子屋に卸して歩いたり、豚を飼って繁殖させてみたりと、一所懸命にいろいろな仕事を探して働き私たちを養ってくれていましたが、私が高校三年生になってすぐの頃、医者の誤診で手遅れになった癌が体中に転移してしまい、入院も手術も出来ず枯れ木のように痩せ細り、朽ちるようにして亡くなってしまいました。昭和二十六(1951)五月二十六日早朝―。 五十一歳の若さで。
 ほんとうに心身ともぼろぼろに疲れ切っていたことでしょう。子供の頃、動物園に連れて行ってくれて肩車をしてくれた父、川で魚の獲り方を教えてくれながら遊んでくれた父、模型飛行機の作り方を教えてくれながら一緒になってそれを飛ばし笑い興じていた父。なにかと折にふれてそんなことが想いだされ、引き揚げてきて五年目、世相も一番大変な時期に家族のために苦労のしずめでと思うと、胸が痛みます。死亡診断書に書かれた死因は肺臓癌となっていました。当時その前の医者は肺結核と誤診したのです。
 私も中学、高校と新聞配達をしたり、休みの日は石切り場や漬物会社などでアルバイトをして家に給金を入れていましたが、その頃私などが稼げるお金なんて大した足しにもならない微々たるものです。
 ですから父が亡くなったとたんに五百円の月謝が払えなくなってしまいまして、母からは高校も諦めてくれって言われるし。そりゃそうですよね、食べていくことにすら困っていたのですから。それでも母方の叔父が月謝を払ってくれて何とか高校は卒業したんです―。
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by masashi-ishibashi | 2008-04-28 19:07
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俳優石橋雅史ぶらぶら日記
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